前職時代の話なので今から数年さかのぼります。国会で勤務していた当時、私は関係者から「衆議院は天ぷら、参議院は寿司」との言葉を聞きました。国会には議員食堂を始め多くの食事処がありますので、私はてっきり、天ぷらを食べるなら衆議院、寿司を食べるなら参議院がオススメだという話かと思いましたが、そうではありませんでした。この関係者いわく、「与党は、衆議院では法案をひたすら上げる(揚げる)、参議院では野党としっかり握る」ことが国会運営上重要である、と。
国会用語:「上げる」と「握る」
ここで「法案を上げる」とは、いわば国会の業界用語で、委員会で法案を採決し本会議に上程することを指します。委員会での採決後、本会議にかけられる法案を「上がり法案」と呼ぶこともあります。また「握る」とは、与野党がそれぞれの主張の違いについて一定の譲歩をし合い、妥協点を見出すという意味です。
我が国は議院内閣制を採用しており、議会の多数派が内閣をつくります。このため、国会で審議される法案の多くは議員立法ではなく、内閣提出法律案(閣法)です。その上、閣法のほとんどが衆議院先議となっています。
衆参両議院で与党が多数を占める場合には、与党は、衆議院では野党の主張に配慮しつつも、一般的には法案を次々と採決して通過させ、まずは成立への道筋をつけることを優先します。そして参議院では、議論をより深めつつ審議日程などで野党との落とし所を探り、不要な対立をできるだけ避けて法案の成立に万全を期します。言い換えれば、議席数の過半数を占める「数の力」があればこそ、与党は、衆議院では野党の賛同を得ずとも法案を上げることができ、参議院では野党との交渉を有利に進めて妥協点を握ることができるのです。
少数与党時代の処方箋「搗く」
ひるがえって、現在与党は、衆参両議院において議席数が過半数に届かない少数与党の状況に置かれています。与党は数の力という拠り所を失い、野党の賛同を得ずに法案を上げることができなくなりました。野党が反対する場合には修正協議などの必要が生じるため、衆議院で『次々と』採決することはかないません。また、参議院でも野党が強気の姿勢を崩さず交渉に臨むことが想定され、与党が野党と握る難易度は上がるように思います。
これまでの与党の手法が通用しづらくなる中で、今後どのような国会運営が望まれるのか。さまざまな考え方があると思いますが、一案として、「搗(つ)く」というのはいかがでしょうか。その心は、「餅つき」をイメージすると分かりやすいかもしれません。餅つきでは、「つき手」と「かえし手」が互いのタイミングを尊重し合いながら、それぞれの役割を果たすことで美味しいお餅ができ上がります。少数与党の状況にある国会でも、与野党が互いの立場を尊重し合いながら、責任のある提案を行うことで議論を活性化させ、その結果として国民が幸福な一生(一升)を送ることができるような法律が制定されることを期待したいと思います。
(ここで述べる内容は、筆者の個人的な見解であり所属組織の立場や意見とは異なる場合があります。)
東京外国語大学卒業。2012年に参議院事務局に入局し、委員会の運営を手続面からサポートする委員部などに在籍。コロナ禍の2020年から2023年まで外務省に出向しフランス駐在を経験。帰国後は議会シンクタンクである調査室に在籍し、内閣提出法律案の論点や関連資料の整理のほか、国会議員などからの依頼を受けてさまざまな政策分野の調査などを担う。
2025年、国家公務員の職を辞し、紀尾井町戦略研究所に入社。時代にふさわしい、より良い社会を創造するというミッションの達成に向け、国会での勤務経験などを活かし、クライアント企業のルールメイキング支援のほか、月に数回行っている時事関係のトピックを中心としたオンライン調査の取りまとめ、政府や国会の動向を始め国内の政策に関するニュースなどを発信する「政策ニュース.jp」の運営などを行う。
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