(別所)ロビイングとは、政策やルールの作り手である行政機関や政治家に、必要な情報や意見を届けることを言います。おそらく、多くの方々は「税金を払っているのだから、政策やルールを作ったり、そのために情報や意見を集めたりするのは国や自治体の役割だ」と思っているのではないでしょうか。私が教えている専門職大学で、政策やルールを決めるのに必要なコストは誰が負担するのがふさわしいかと質問すると、ほとんどの学生は国や自治体だと答えます。
もちろん、公務員、国会議員や地方議員の方々はより良いルールを作るために努力しており、勉強熱心です。しかし、現実には何でも知っているスーパーマンはいません。彼らが持っている人的、金銭的リソースは限られており、理想通りにはできないのが実情です。
そこで、リソースを補い「こういった政策が必要ではないか」「ルールの新設や改正が必要ではないか」といった情報・意見を行政や政治に届け、サポートすることが必要になってきます。このように、私たち自身がコストを負担して情報や意見を届ける活動がロビイングです。
― どんな意義があるのですか。(別所)国や自治体の政策やルールは、私たちひとりひとりの生活に密接に関連しています。皆さんが買い物をするときに支払っている消費税、お子さんのいるご家庭が受け取っている児童手当、それから公的年金や健康保険など、少し考えるだけでも多くの政策の影響を受けています。そうであるなら、政策やルールを自分たちにとってより良いものにする努力をしたほうがいいと思いませんか。知らないうちに決まった政策やルールに振り回されたくないのではないでしょうか。
― なるほど。(別所)より良い政策やルールを作るには、国や自治体が十分にカバーできていない領域について、自分たちが直接、情報や意見を届けることが不可欠です。もちろん、不満があるときは、選挙での投票を通じて意思表明することもできます。しかし、数多くの政策やルールに対し、1回の投票ですべての意思を反映させることはできません。支払っている税金によって政策やルールを作ってもらいたいと期待しても、税金は無限大に入ってくるわけではなく、できることに限界があります。政策づくりや立法を人々からの情報や意見で補う必要があることは、実は日本国憲法第16条(請願権)に書かれています。ある意味、憲法がロビイングのルーツだと言っていいかもしれません。
― もう少し分かりやすく、例を挙げてもらえますか。(別所)例えば、政府が税金を引き上げるという政策を検討しているような場合、何も意見を届けなければ、誰かが決めるままの税率を受け入れることになります。もちろん意見を伝えたからといって、それが反映されるかどうかは分かりません。多くの意見を検討した上で最終的な判断がなされるからです。しかし何もしなければ、自分の意見を考慮してもらえる機会を失うことになります。後から「そんな政策やルールには反対だ」と声を上げても何も変わりません。検討されている内容で良ければ賛成という意見でもいいし、他の方法がふさわしいと考えれば別の案を届ければいいのです。大切なのは、どちらの場合でも、政策やルールができる前に届けることです。
― 届けることは誰でもできるのでしょうか。(別所)多くの人は意識していませんが、意見を言う機会や門戸は開かれています。そのため、意見を言うことができると分かっている人は、自分たちの意見を事前に届けに行っています。 逆に言うと、声を届けることができることを知っている人の声は反映されるが、それを知らない人の意見は反映されないということです。その政策やルールによって不利益を被る可能性があっても、です。日常生活であれ、企業活動であれ、守るべきルールはたくさんあり、さまざまな政策の影響を受けています。その中には当然、疑問に思ったり、変わった方が良いと思ったりするものもあるでしょう。それを声に出していくことが重要なのです。
― 企業活動と政策やルールは切ることのできない関係ですね。(別所)企業は必然的に、提供する製品やサービスの内容を現実社会の変遷に沿って革新していくことになります。しかし、一度決まったルールや政策は、変えようとしない限り、そのままです。 社会が変化した場合に「以前からあるルールをきちんと守っているけど、現実に即していないのでは」と思うことは出てきます。そのときに「ルールを変えてもらわないと、自分たちの行動を変えることができない」という事実を直視することが必要です。つまり、どのような企業、団体、人々も政策やルールに関心を持って意見を言っていくことが、より良い社会をつくることにつながるというわけです。
ロビイングとは、政策やルールの作り手である行政機関や政治家に、必要な情報や意見を届け支援する活動。
企業、団体、人々が政策やルールに関心を持ち意見を言っていくことが、より良い社会をつくることにつながる。
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、持田製薬株式会社に入社。労務、法務・知財、事業開発を担当。1999年にヤフー株式会社入社。法務部長、法務本部長を経て2018年まで執行役員を務め、法務・知財、広報、政策企画、公共サービス、リスクマネジメント部門を管掌。2019年10月より京都情報大学院大学教授。20年4月より紀尾井町戦略研究所株式会社代表取締役。
検索エンジンのための著作権法改正、インターネット利用のための公職選挙法改正、海外コンテンツへの課税のための消費税法改正、債権法改正など数多くの法改正に企業の立場から関わる。
© 紀尾井町戦略研究所株式会社